転じ

梅雨明けが待ち遠しい今日この頃、皆様いかがおすごしでしょうか。

このたび、新卒で入社し丸4年間働いた会社を退職することになりました。
文系学部卒だった私を、エンジニアとして、また社会人として
優しくまた辛抱強く、ときに厳しく指導くださった上司、同僚、また
こんな私を信じてついてきてくれた部下にはただただ感謝しております。

来月からは業界の違う、職種も今とは少し異なる、新しい環境に身をおくこととなります。
緊張はしますが、きっとなんとかなるでしょう。
今まで「もうだめだ」と思う瞬間は幾度となくありましたが、それでもなんとか今、生きているのですから。

人生とは、「変化」が重なって一つの長い糸のように紡がれているものなのかなぁと、ぼんやり考えています。
一瞬たりとも同じ時間などないですね。きっと、今この瞬間も同じようにみえて
昨日とは、一か月前とは、さらに一年前、十年前とは違う時間を生きているのだなぁと感じます。

転職を決めたとき、やはり思い浮かんだのは母のことでしたし、生きていたら良き相談相手になっていてくれたと思います。
面接でも「母のことがあり考え方が変わったからこそ、今この場にいます」ということをお話し、受け入れてもらえたから前に進むことができました。

内定をもらったあと、お墓参りにいきました。
よく晴れた気持ちのいい日に、霊園の最寄り駅のお花屋さんで母の好きだったかわいらしい色の花を買い、これからも家族を見守ってくださいとお願いしました。

よく母は私の行く末を心配していたけれど、あなたの人柄ならどこへいっても大丈夫よ、と肯定もしてくれました。
面接のフィードバックでたまたま人柄について言及していただいた部分があって、そのときに
私のすべてに母にいわれたこと、教わったことが根底としてあって、改めて母に生かされてるなぁということを感じました。

生きているときはよく口喧嘩もして、ひどいことを言って泣かせたり
逆に言われてこちらが落ち込んで泣いたり
今でも思い出すと後悔はつきなくて
ああすればよかったとかこうすればよかったとか
ああ海外に行きたがっていたなぁとか、でも今は世界の情勢も安定していないし
感情移入しやすい母が生きていたらきっと毎日ニュースを見て泣くだろうとか
先月も母の日があって、ああ、昔母の日にはこんなやりとりをしたなぁとか
理不尽な理由でプレゼントを突き返されたことを思い出しておもいだし怒りしたりとか
電車の吊り広告で母の日特集を見るたびに胸のなかでジワジワくるものがあり
また出勤してても、母とよく乗った電車、駅、道、お店を通るわけで
心穏やかに日々を過ごせているかというと違ったりはするのですが、
それも含めてすべて私で、私は生きているので後ろを振り返ることもあるけど、
時間は強制的に自分を前に向かせるので
私は、今、ここに立たせてもらっているのだなぁと思います。

そういえば、今の会社に入社して3年目の時に亡くなったので
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、会社と私の人生を見守ってきた母が
初めて知らないコミュニティに飛び込むわけですね。
そのことがなんだか不思議で感慨深いといいますか、色々と思うところもあるわけで
一度書き始めると止まらなくなってしまいますが。
来月から環境は変わりますが、改めて頑張っていきますというご報告でした。

昨日は雨が降り肌寒い一日でしたが、今日は日差しが強く少し出歩くだけで汗ばむ陽気で、
時節柄、皆様どうぞご自愛くださいませ。

 

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変化に弱い

7年間担当してくださっていた美容師さんが
今月末でお店を辞めるらしい。

 

私は人と話すのがあまり好きではないし
おしゃれな方でもない。
だから昔は美容室なんて「ただ髪を切りにいく場所」だったけど
7年も行き続けていると
「気分転換したいときに行く場所」
に変わっていった。

 

大学時代は少し個性的な髪型にして気分転換を
就活中は色を落ち着けてもらって戦場へ
母が亡くなったときは沢山泣いて、髪をバッサリきって黒に染め喪に服した。

髪を切ると自然と気持ちが前向きになった。

 

なりたい髪型も最初は考えていったけど
徐々におまかせするようになった。
美容師さんも何も言わなくても似合わせで切ってくれるようになった。
人生相談もするようになり、
またされるようにもなった。

 

「ずっと髪を担当してもらう」ことは
一見ただ同じ人を指名し続けるだけのように思えるけれども
「人生に寄り添ってもらう」ことだったのを改めて実感した。
これからもそれが当たり前だと思っていた

 

人生は人の数だけあって
そのぶんだけ出会いがあるし別れもある。

 

わかっているけど寂しい。
母がなくなったとき、自分は少し強くなったなんて思ったけど
あいかわらず変化に弱いままだった。

 

明日最後のカットに行くのだけれども
辞めると聞いた瞬間からずっと落ち着かない気持ちでいる。
仕事中も、終わってからも、ずっと。

 

二年くらい前になんとなく「伸ばそうかなぁ」と呟いたのを聞き逃さずにいてくれて、
その後バッサリいこうとしてもなかなか切ってくれなかった。
おかげで髪の毛は胸まで伸びたけど、明日バッサリと切ろう。

 

文章にすれば少し落ち着くかな?なんて思ったけれど
より一層、寂しさを実感してしまった。

 

今までありがとうございました

母の夢をみました

先日母の夢をみました。
あまりにリアルだったので残しておきます。

最近仕事が忙しく、ちょくちょく休日出勤をしています。
先週の日曜日も午後から出勤の予定で、朝に一度起きたのですが、
二度寝をしてしまいました。
その時にみた夢です。

母と私は、地元のスーパーで買い物をしています。
生前、よく一緒に買い物をしたスーパー。
その日は寒く、夕飯におでんをつくろうと思い、入れる具材を選んでいました。
母が着ていたのはブラウンのコート。新宿の伊勢丹で買った母のお気に入りでした。

夢と現実は妙にリンクしていて、時間と状況が同じでした。
つまり、時間は午前中で、私は午後からの出勤を控えており、
母と夕飯の買い出しをしている場面でした。

私が「帰って夕飯仕込んで仕事行くから」というと、母が
「あなたはいつもそうやってギリギリの行動をするんだから...」と呆れる。
よくこんなかんじで呆れられていました。懐かしい。

「こんなときに怒らないでよ!」と言い返し、母の顔をじっとみると、
私はあることに気付きました。

「お母さん、もう亡くなってるんだよなぁ...」


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気付いたときには母はおらず、私は買ったおでんを片手に、
一人でとぼとぼスーパーの階段を登って帰りました。

母が亡くなってから夢に何度かでてきましたが、
こんなにも日常を切り取ったようなシーンは初めてでした。
場所も、会話も、服も髪型も肌の質感まで生前と同じです。
ついでに怒られる理由も変わってない。。

ただひとつだけいつもと違ったことは、夢の中の自分が母の死に気づいたこと。
母は生前よくしていた服装で、ベージュのカシミアのセーターと、
ブラウンのコートを着て、指を擦り少し寒そうにしていました。
母は身体が細く、よく寒そうにしている人でした。
なんてリアルな夢なんだろう。。

どうせならもう少し長く話していたかった。
生前にはなにげない日常だった夕飯の買い出しも、今思えばかけがえのない時間でした。
たくさん買ってパンパンになった買い物袋、もっと持ってあげればよかった。
もっとご飯作ってあげればよかった。
嗚呼。。今更。。

ちなみに起きたらギリギリの時間でした。
夢の中の母の警告は正しかったというオチです。